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ギブが先で間違いはない、はず

ギブアンドテイク、という言葉があります。

ギブは give で「与える」です。

テイクは take で「取る」です。

一応、順番にも意味があると言われていまして、ギブが先、となっております。

「まずは与えよ」

ということですね。

 

宗教は詳しくないですが、英語がベースになっているので、キリスト教の影響なのかもしれません。

「汝、なんとかかんとか」

のようなことでしょうか?

(雑で申し訳ない)

 

ギブアンドテイク、の日本語訳は

「持ちつ持たれつ」

が、多いようです。

 

改めて英語の方を調べますと、「誰が?」というのが意外なことになっています。

直接的には

「自分が与えて」

「自分が取る」

という考え方になります。

 

英語では、このギブアンドテイクが目指すものは「win-win の関係」です。

 

日本語的にも「お互いがいい結果になる」という意味合いはあります。

 

ただ、日本語の方は「自分が与えたのだから、あなたからもなにかちょーだい」という打算的なニュアンスで捉えられることもありますが、英語ではそういうネガティブな要素は含まないようです。

 

つまり、ギブアンドテイクは「win-win の関係」になるための「ひとつの手段」にすぎない、と考えるのが本質のような気がします。

 

どっちがギブした、何回テイクした、というのは、実はあまり関係がないのかもしれません。

 

極端なことを言えば、与え続ける、もらい続けるの関係だったとしても最終的に「win-win の関係」になりさえすればいいのです。

 

 

ギブを躊躇する理由

ただ、そうは言っても、自分のような「できていない」人間にとって、「与え続ける」ことは、だんだん苦痛になっていきます。

「win-win の関係」を目指しているつもりが一向に自分が「win」にならないからです。

「与え続ける」こと自体が苦痛なのではなく、「win」にならないから苦痛なのです。

 

 

先程、「日本語の方には、ネガティブな意味がある」としましたが、「「win」にならないから苦痛」という感覚はいかにも打算的です。しかし、これは言い訳っぽくなりますが、人間であればそういう考えになりますよね?

 

与えていたものが「時間」「労力」ならまだしも

(といっても無駄になるのは相当のダメージ)

直接「お金」に関係あることなら、

(もし、このお金をこの人に使わなかったら・・・?)

どうしても「打算的」になってしまいます。

 

ポジティブ思考の人なら、

「失敗からも学べることはある」

とか言って気にしないのかもしれません。

 

しかし、世の中いい人ばかりではないので

(このあたりの思い込みのせいかも?)

やはり原因を考えておかないと、次もまた失敗しないとも限りません。

 

 

テイクばかりの人の心理

そこで、逆の立場から考えて、テイクばかりする人は、なぜテイクばかりして平気なのでしょうか?

 

まず、「損をしたくない」という心理があります。

やはり、打算的な考えが基本になっていますので、「得する」よりも「損をしたくない」のほうが強いのです。人間の心理としてはそのとおりなんですが

(人間の思考全体のうち3:7か4:6の割合でネガティブ思考のほうが多い)

「舌すら出したくない」

という人も実際にはいます。

 

そして、なぜか「公平」なことを不満に思う傾向があります。

 

個人的な経験を。

ある時、職場のとある部署に旅行のお土産を持っていったら、あっという間になくなっていました。

(おっ、結構好評かも?)

と思って、

「味はどうだった?」

と女子社員に聞くと

「えっ?なんのこと?」

と言われたことがあります。

 

お土産を置いてきたことを説明すると、

「お土産は見てないよ・・・」

とのお返事。

 

たしかに置いてきたはずなので、そのあたりを突っ込んで聞くと

「たぶん、Aさんが全部持っていったと思う」

ことらしい。

 

「あの人、お土産全部持っていくんだよね」

「なんでか知らないけど、みんなに1個とか許せないみたい」

 

このことを初めて聞いたときは

(そんな人いるんだ)

と思ってましたが、他の人に聞くとみんな同じことを言います。

 

また別の機会に、お土産を持っていったらたしかに一瞬でなくなりました。

さすがに

(これはちょっと・・・)

と思って、Aさんの机の引き出しをこっそり開けたら、お土産が全部しまわれていました。

 

さすがにカチンと来たのですが、こういう人は言って聞く人ではないので、以後のお土産は個人個人に直接の手渡し方式にしました。

 

こういうテイクばかりの人は、物理的なことでは損してませんが、「目に見えないところ」で相当損してるの思うのですが・・・

 

自分はこういう人にはそのうちギブすることはしなくなりますが、本や人によっては「成功者はひたすらギブしている」という主張も見かけます。

 

実際、ギブアンドテイクの正しいやり方は、どうするのが正解なんでしょうか?

 

実は、ギブアンドテイク自体に正解はない

正解は、先程のとおり「最終的に「win-win の関係」になること」です。

しかし、具体的にギブアンドテイクはどうすればいいのでしょうか?

 

これも諸説、いろんな主張があります。

 

ひたすらギブ派

とにかくひたすらギブせよ。という主張も多いです。

ペンシルベニア大学ウォートン校のアダム・M・グラントという心理学者が「GIVE & TAKE 『与える人』こそ成功する時代」という著書のなかで、与える人のことを「ギバー」と表現しています。

 

そして、この「ギバー」は他人のために多くの時間を取られるので、平均的な給与は低めの傾向がある、としています。

しかし、地位や給与が高いのも「ギバー」の傾向がある人たちである、という調査結果になりました。

つまり「ギバー」は両極端な結果になりやすい、ということになります。

 

冒頭の英語のギブアンドテイクの意味のとおり、ギブし続けると自分がテイクすることになる。何をテイクできるのかといえば、「評判」「良好な人間関係」を得られる、ということになります。

 

たしかに、そのとおりなんですが、お土産総取りの人に何かを与え続けても、どう考えてもいいことはない気がするんですけどねえ。

 

 

ギブばかりではダメ派

やはり、経験上はこの考え方がしっくりきます。

いくら「win-win の関係」になりたくても相手がそう思ってないのであれば、かなりの高確率で「搾取され続けて終了」になります。

なので、ギブばかりではダメという主張になりますね。

 

これは、ギブすること自体がだめ、というよりは

「人を選べ」

ということです。

 

ギブ=無償の愛、でもいいのですが、それは自分の子供とかだけというのが本当のところでしょう。自分の家族とかなら「win-win の関係」というのは特に意識しなくてもいいからです。

 

結局のところやはりギブアンドテイクは自分と他人との間で「何かを交換すること」です。打算的にならないようにするには、やはり

「自分も得する」

「相手も得する」

と、考えることです。

 

自分の時間と相手のお金との交換だったり、自分の手間と相手からの信頼との交換だったり、など。

これを、自分から相手に求めるのではなく

「お互い様でいいことありますよ」

という姿勢で、自分の方から先に動く、が正解です。

 

変な人に当たる可能性も捨てきれませんが、何かしらの動きがないと未来に変化は生まれませんので。

今回は、以上です。

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